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巨人は29日、小笠原道大内野手(34)が、シーズン中から痛めていた左ひざを手術すると発表した。都内の病院での精密検査で「左ひざ内側半月板損傷」と診断され、11月中旬にも手術を受けることを決めた。選出されていた北京五輪アジア予選の日本代表を正式に辞退。この日、代表最終候補が30日から始まる合同自主トレのために神戸に集合したが、星野仙一日本代表監督(60)は、攻守で再編成を強いられることになった。

 小笠原が苦渋の決断を下した。星野JAPANの自主トレ招集日に手術を決意し、参加辞退を申し入れた。「大変申し訳ない気持ちでいっぱいです」主軸としての期待を痛いほど感じていただけに、悩み抜いた末の結論だった。

 8月に左ひざ内側の半月板を損傷したが、シーズンで欠場したのは2試合だけ。「最後は気持ちだよ」と繰り返し、足をひきずりながら全力プレーを続けた。決して弱音を吐かなかったが、痛みは限界に達していた。階段を下りるのにも苦労するほどだった。

 クライマックスシリーズ終了後、2か所の病院で診察を受け、治療方針を模索してきた。五輪予選の辞退だけは避けたかったが、完治には手術の道しかなかった。この日午前の最終検査でメスを入れることを決意した。

 「日本代表の一員として戦いたかったのですが、検査の結果が思った以上に悪く、手術の決断に至りました」検査後、星野監督に謝罪するとともに、自主トレに参加する巨人・上原に電話し、「みんな頑張ってくれ」と伝えた。

 五輪にかける思いは人一倍強かった。「期待に応えられなくて、本当に悔しい思いをした。今回は貢献したい」とまさかの銅メダルで終わった04年のアテネ五輪のリベンジに燃えていた。年齢も34歳になり名実ともにチームの中心選手となって戦うはずだっただけに、悔しさは倍増した。

 今後は11月中旬にも半月板の修復手術を行い、リハビリに取り組む。「期待してくださったファンのためにも今は治療に専念して、来るシーズン、全力のプレーをお見せできるよう頑張ります」。伊原ヘッドコーチは「開幕? それは全然大丈夫でしょう」と話しており、来シーズンには間に合う見込みだ。

参照元:スポーツ報知

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 イラン、日本と2つの国籍を持つダルビッシュが、すでに日本国籍を選択したことが29日までに分かった。先週中に母・郁代さん(49)が故郷の大阪・羽曳野の市役所にダルビッシュ本人が記載した国籍選択届を提出し、受理された。

 二重国籍を持つ者は日本の国籍法上、22歳になるまでに国籍を一つに絞らなければならない「国籍選択制度」がある。8月16日生まれのダルビッシュは、北京五輪期間中に22歳の誕生日を迎えるため、国籍の選択が必要とされていた。

 女優・サエコと婚約、エースとして期待される北京五輪が日本国籍を選ぶ決め手となった。これで大舞台の出場へ、完全に支障はなくなった。

参照元:スポーツ報知

19日に左ひざ半月板を手術した阪神の金本知憲外野手が30日、甲子園球場横のクラブハウスでリハビリテーションを開始した。

 軽い負荷をかけながら、上下運動や屈伸動作を行った。今後2か月はダッシュ走などができず、下半身の本格的な筋力トレーニングは年明けからになる予定。

 また、FA権を取得し去就が注目される広島の新井に、「(阪神に)来れば、いろいろ教えてやるけどね。でも、おれから来いと誘うことはないよ」と、初めてその話題に触れていた。

参照元:スポーツ報知

プロ野球NO1の先発完投型の投手に贈られる「沢村賞」の選考委員会(土橋正幸委員長)が29日、都内のホテルで開かれ、両リーグで最多の210三振を奪った日本ハム・ダルビッシュ有投手(21)が選ばれた。ダルビッシュは93年の今中慎二(中日)以来14年ぶりに同賞の基準7項目をすべてクリア、球団初の受賞者となった。金杯と副賞(300万円)が贈られる。

 投手最高の栄誉に、ダルビッシュは思わず表情を緩ませた。「最多勝とか、(最優秀)防御率とか、どの賞よりも自分の中ではうれしいですね」球団史上初の沢村賞。そして、1993年の中日・今中以来、14年ぶりに7つの条件項目すべてを満たした右腕は、素直に喜びを口にした。

 同世代のロッテ・成瀬、西武・涌井らを抑えた。決め手は、両リーグ最多となる12の完投数だった。3完投に終わった昨年は「7回くらいから肩が緩くなったり、痛くなった」と振り返るが、今年はキャンプ、シーズン中とウエートトレを継続し、肉体を強化。「ムチャクチャ体力があって、鉄人みたいな人が取るものだと思った」という栄冠を射止めた。

 高卒の入団3年目での受賞は、01年の西武・松坂(現レッドソックス)以来。海の向こうで“平成の怪物”が世界一となったこの日、新世代のエースが肩を並べた。それでも、今は日本シリーズを戦っている最中。ダルビッシュは「これで(次回登板に)心境が変化することはない。今まで通り、試合を作っていきたいです」とすぐに切り替えた。沢村賞の余韻に浸るのは、2年連続の日本一を決めてからでいい。

 ◆成瀬と一騎打ち 最後は日本ハム・ダルビッシュとロッテ・成瀬の一騎打ちだった。西武・涌井、ソフトバンク・杉内、ヤクルト・グライシンガーと5人がノミネートされたが、土橋委員長は「2人とも素晴らしい投手。競馬でいえば鼻の差、写真判定みたいなものでした」。今季の成瀬は防御率と勝率のタイトルを獲得。一時は03年の阪神・井川、ダイエー(現ソフトバンク)・斉藤和以来のダブル受賞も考えられた。
  議論の末、選考委員が評価したのは、ダルビッシュが7項目の基準をすべてクリアしたことだった。「防御率と勝ち星はわずかに成瀬に足りなかったが、奪三振数と完投数で上回ったダルビッシュの受賞で、最後は全員一致となりました」と土橋委員長。

 【沢村賞】プロ野球創成期に巨人のエースとして活躍し、その後、太平洋戦争で戦死した沢村栄治投手を記念して1947年に創設された。セ・パ両リーグの優秀な先発完投型の投手を対象とし〈1〉15勝以上〈2〉奪三振150以上〈3〉完投10試合以上〈4〉防御率2・50以下〈5〉投球回数200イニング以上〈6〉登板回数25試合以上〈7〉勝率6割以上―を基準として選考委員会(沢村賞受賞者あるいは同等の成績を挙げた投手で現役を退いた5人で構成)で決定する。

参照元:スポーツ報知

◆ワールドシリーズ(7回戦制=4戦先勝)第4戦 ロッキーズ3―4レッドソックス(28日・デンバー) レッドソックスがワールドシリーズ第4戦、ロッキーズを4―3で振り切って4連勝し、3年ぶり7度目の世界一に輝いた。敗れたロッキーズのオダウドGMは、リーグ優勝に貢献した松井稼頭央内野手(32)残留に向けて、交渉に臨むことを明言した。

 本拠地のマウンドで敵軍が作る歓喜の輪を、松井稼はダッグアウトからじっと見つめていた。「悔しい。来年こそは、って気になlる」メジャー4年目で初めて感じる悔しさを心に深く刻むため、その光景からあえて目をそらさなかった。

 最後の打者は1番打者だった。だが、その打席に、この日のスタメン「1番・松井稼」はいなかった。松井稼は、8回2死一塁から登板したクローザーのコーパスと入れ替わる形で、ベンチに下がっていた。「また明日の試合があると思っていたから」さほどショックもなかったが、4連敗でシリーズが終わったことに拍子抜けした思いだった。

 シーズン終盤から22戦21勝、プレーオフは負けなしの7連勝でここまで一気に駆け上がってきたチームの勢いは、最後の最後に失速した。この日も相手先発・レスターの前に散発3安打無得点。松井稼は3回に1死から左越え二塁打をマークしたが、得点につながらなかった。

 だが松井稼には、達成感もある。「こういう舞台で戦えたこと、悔しさも当然、今後へプラスになる。ワールドシリーズに出られて良かった」チーム一丸となってリーグ優勝を果たし、最高峰の戦いに臨めたことを大きな財産とした。

 昨季途中にメッツとのトレードでやって来たこの地で、今やなくてはならない存在になった。主砲のヘルトンも「後半戦のカズの活躍もあって、おれたちはここまでこられた」とたたえた。1年契約を満了するこのオフ、オダウドGMは「オフの最優先課題。カズにとっても最優先であってほしい」と、松井稼との来季契約へ全力を注ぐつもりだ。

 けがで戦列を離れたこともあった。「1年間やれた、とはまだ思っていない」と満足することはない。リーグ優勝リングを手にした松井稼は、世界一のリングを手にするため、新たな戦いに挑んでいく。

参照元:スポーツ報知

◆ワールドシリーズ(7回戦制=4戦先勝)第4戦 ロッキーズ3―4レッドソックス(28日・デンバー) Rソックスの岡島秀樹投手(31)が昨年の日本シリーズ優勝に続き、世界制覇の一員となった。第4戦に登板し2ラン本塁打を浴びたが、第2戦の好投でシリーズの流れをたぐり寄せるなど活躍。公式戦から通算74試合登板した点も球団首脳から絶賛され、「陰のMVP」といえる1年だった。

 シャンパンファイトに沸く歓喜の輪から、岡島はすぐに離れた。世界一の勲章を手に入れても、はしゃげない。誰もいないロッカーの奥で、静かに自分とだけ向き合っていた。今季、最後に投げた1球が、喜びに浸っていいはずの左腕の心の邪魔になった。

 3点リードの8回からマウンドを託された。1死から左前打を許して迎えた5番・アトキンスに、カウント1―3から投げたチェンジアップが、落ちなかった。打球は左翼フェンスを越えた。2試合連続被弾となる2ラン。次の瞬間、フランコーナ監督に肩を叩かれ、4月2日のデビュー戦で初球を本塁打されて始まった岡島の07年が、終わった。

 「悔しいです」唇をかんだ。抑えのパペルボンが1点リードを守りきり、世界制覇の勝利をチームが手にしたことが、救いだった。「本当に疲れていたけど、気持ちで抑えようとしてました。チーム一丸となって戦った結果が出て、よかったです」声を振り絞った。

 チームメートのほとんどが、家族を帯同させていた今遠征。「最高の瞬間を見せてあげたい」気持ちとは裏腹に、あえて岡島は、家族をボストンに置いてきた。「大事な戦いだから、1人で集中することが必要」勝利への並大抵ではない責任感からの、決断だった。

 ファーレル投手コーチは言った。「今日この瞬間をわれわれが味わえるのも、オカジマが、先発から抑えにつなぐ大事な懸け橋の役目を、今日までやってきてくれたから」

 ルーキーながらシーズン66試合、ポストシーズン8試合と共にチーム最多登板を果たした。このシリーズでも第2戦の6回1死一、二塁の大ピンチから登板し、見事にしのいで4連勝への流れを作るなど、キーになるゲームで好投。投手コーチは最大級の賛辞をおしまなかった。

 「勝っても勝っても試合がある、本当に厳しい、長い1年」を満身創痍(そうい)で戦い抜いた。「スタッフやファンの人たちに感謝したい」岡島は、世界一の中継ぎ投手になった。

 ◆運命の日「10・28」日本一胴上げ投手&由佳夫人と出会う 岡島にとって世界一を達成した「10月28日」は忘れられない日だ。7年前の2000年、最初で最後の「ON決戦」に沸いた巨人・ダイエーの日本シリーズ。巨人が6年ぶりの日本一を達成したシリーズ第6戦は東京ドームで10月28日に行われ、6点リードの9回、岡島が最後のマウンドに立った。3者連続三振で締めて、栄えある胴上げ投手となった。
  さらに試合後、運命の出会いがあった。当時、ニュース番組でキャスターを務めていた由佳夫人が初めて岡島投手を取材。それをきっかけに親密交際が始まり、後に結婚。この日で思い出がまた一つ増えたことになる。

参照元:スポーツ報知

◆ワールドシリーズ(7回戦制=4戦先勝)第4戦 ロッキーズ3―4レッドソックス(28日・デンバー) レッドソックスがワールドシリーズ第4戦、ロッキーズを4―3で振り切って4連勝し、3年ぶり7度目の世界一に輝いた。メジャー移籍1年目の松坂大輔投手(27)は第3戦で日本人初となる同シリーズで勝利投手になるなどチームに貢献。昨年のWBC日本代表に続き、2年連続して“世界制覇”。2005年、井口の所属したWソックス、06年は田口のカージナルスに続いて、3年連続して日本人選手所属球団がメジャー30球団の頂点に立った。

 スミスのバットが空を切った瞬間、猛ダッシュでベンチを飛び出した。パペルボンを中心とする輪の中に飛び込むと、松坂は何度も何度も跳びはねて顔をくしゃくしゃにした。2004年以来となる4連勝での世界一。背番号18は、1年目で頂点を極めた喜びをはじけさせた。

 「大変なことも多かったが、最高の形で終わることができてよかった。負けそうで負けない、本当に強いチーム。こんなチームにいられて幸せです」4度目のシャンパンファイトの最中には、チャンピオントロフィーを手にした。「重いな…」とつぶやき、成し遂げたことの大きさを実感した。

 最後まで、強さを感じさせる勝ち方だった。初回、エルズバリーの二塁打とオーティズの右前安打でわずか5球で先制。先発レスターは6回途中まで無失点と試合をつくった。終盤にも効果的に加点。最後は守護神が締めくくって逃げ切った。王手を掛けられたリーグ優勝決定シリーズ第5戦から7連勝と、勢いをつけてゴールテープを切った。

 松坂にとっては、WBC以来となる世界一の栄冠だ。しかし、やはり短期決戦とは感慨が異なる。「道のりの長さが違いますから。もちろん、WBCの優勝が軽かったわけではないが、時間がかかった分だけ達成感は強い」1年間、故障せずにローテーションを守った自負もあるだけに、喜びの種類も違った。

 怪物のルーキーイヤーは決して平坦(たん)な道のりではなかった。メジャー特有の習慣や言葉の壁に加え、滑るボールの影響もあって理想的な投球ができない時期もあった。しかし、日本流に走り込みの量を増やしたり、登板間のブルペンに入る日を変えたりと、試行錯誤を繰り返した。

 1試合110球程度に球数が制限されるため、エンジンがかかってきたところで降板を指示されることもしばしばあった。もともと、試合終盤になるほど力を発揮するタイプ。不完全燃焼でマウンドを降りることもあったが、決して不満を漏らすことはなかった。

 プレーオフに入って最初の2試合は期待に背く内容だった。しかし、リーグ優勝決定シリーズ第7戦、ワールドシリーズ第3戦の勝利で名誉ばん回。その活躍が認められ、日本人初先発初勝利を挙げた第3戦で履いたスパイクが殿堂入りすることも決まった。

 試合後、松坂は「来年、2人目(の子供)が生まれます」と明かした。予定日は3月22日。偶然にも来季、東京ドームでアスレチックスとの開幕戦が行われるとされる日でもある。“凱旋先発”も予想され、自ら第2子誕生を祝うチャンスも訪れそうだ。

 「1年間、最後まで野球をやりたいと思うし、それで最後勝者になれれば言うことはない。1回だけが目標じゃない。何回でもチャンピオンになりたい」怪物の2年目のシーズンは「連覇」が最大のテーマとなる。

 ◆ボストン・レッドソックス ア・リーグ創設の1901年に誕生。本拠地フェンウェイ・パークは大リーグ最古の1912年に完成。左翼が94.5メートルと狭く、高さ11.3メートルの通称「グリーンモンスター」がそびえる。1903年に行われた第1回ワールドシリーズで優勝するなど、18年までに5度、世界一に輝いたが、20年にベーブ・ルースをヤンキースへ放出して以降、頂点から遠ざかり、2004年に6度目の世界一になるまで86年もかかった。日本人選手では野茂英雄が01年、大家友和が99年から01年まで在籍していた。

参照元:スポーツ報知

米大リーグ、ヤンキースが29日、前マーリンズ監督のジョー・ジラールディ氏(43)に監督就任を要請した。AP通信などが報じた。ブライアン・キャッシュマンGMが推したという。

 ヤンキースはジョー・トーレ前監督の後任として、ジラールディ氏のほかにドン・マッティングリー・ベンチコーチとトニー・ペーニャ一塁コーチも候補にしていたが、29日までにマッティングリー・コーチには不採用の通知があったという。

 ジラールディ氏は05年にヤンキースのベンチコーチを務め、06年にマーリンズの監督に就任。ナ・リーグ最優秀監督賞に選出されたが、1年限りで退団した。

参照元:スポーツ報知

日本シリーズ最多タイ記録となる13奪三振を挙げた第1戦から一夜明けた日本ハムのダルビッシュ。中日打線を相手に4安打1失点の完投劇を演じたが、8回には堂上剛の打球を左すね内側に受けるアクシデントもあった。周囲をヒヤッとさせたものの、幸い軽い打撲程度で済み、本人は28日、「大丈夫です。腫れもないです」ときっぱり。中垣チーフトレーナーが「全く大丈夫。何も動きに支障はない」と説明するように、次回登板に影響はなさそうだ。

 またこの日、北京五輪野球日本代表の大野豊投手コーチ(52)が、テレビ中継のゲスト解説のため球場を訪れ、エース右腕と握手する一コマも見られた。「この時期にああいう投球をするんだから、大したもの」と同投手コーチ。“星野ジャパン”の評価も、勝ち取った快投だった。

参照元:スポーツ報知

 横浜は29日、高校生ドラフト1巡目で指名した静岡・常葉学園菊川高の田中健二朗投手(18)=178センチ、74キロ、左投左打=と静岡県掛川市内のホテルで高浦チーフスカウトらが入団交渉し、契約金7000万円、年俸720万円で合意した。

 契約を終えた田中は「見たことのない数字で不思議だった」と高校生らしい笑顔を見せた。(金額は推定)

参照元:スポーツ報知

◆日本シリーズ(7試合制)第2戦 日本ハム1―8中日(28日・札幌ドーム) 中村紀が勝負強さを見せつけ、中日が1勝1敗のタイとした。1点リードの4回1死満塁から右越えの2点二塁打を放ってチームを乗せると、李炳圭、森野にも一発が出るなど、8安打8点と打線が爆発。昨年からの札幌ドームでのシリーズ連敗を「4」で止めた。日本ハムは先発・グリンと2番手・吉川が4回にシリーズワースト記録となる1イニング5四球を与えるなど、投壊現象で自滅した。

 淡々と並べた言葉に本音がにじみ出た。試合後の勝利監督インタビュー。快勝劇に落合監督の言葉がはずんだ。「足そのものは動いてる。シーズン中よりいい動きをしている」負けこそしたが、前日(27日)の試合で感じた手応えは本物。指揮官に安堵(あんど)の表情が浮かんでいた。

 ムードを変えたのは中村紀の一打だった。4回1死から突然、制球を乱したグリンが3者連続四球。初回に1、2番コンビの活躍などで1点を先制したが2、3回は打線が沈黙。ここで凡打すれば、流れが変わりかねない場面で、プロ野球史上2位タイの通算14本の満塁本塁打をマークしている“満塁男”が本領を発揮した。

 グリンの外角直球を得意の右打ち。「打った瞬間は外野フライだと思った。フェンスに当たるとは思わなかった」バットの感触とは裏腹にグングン伸びた白球は、右翼フェンスを直撃。2点適時二塁打にスラッガーが、二塁ベース上で拳を突き上げた。オリックスを退団し、1人で自主トレを行っていた自分にユニホームを着るチャンスを与えてくれた指揮官に、大舞台で恩返しの一打。この日の試合前には、天皇賞(秋)で、3連単18万円超えの馬券を的中させるなど、勝負強さを発揮したばかり。“大当たり男”が打線の導火線に火を付け、2本塁打を含む8安打8得点の快勝劇を呼び込んだ。

 “鬼門”だった札幌ドームで日本シリーズの連敗を4で止め、1勝1敗のタイにして本拠地・ナゴヤドームに戻る。「あと先を考えず、その日のことだけを考えてやりたい。悔いのない、うちらしい野球をやればいい」と一戦必勝を誓った指揮官に、ノリも「目先の試合に勝っていきたい。ファンも待っているので最終的に日本一になれればいい」と声をそろえた。本来の輝きを取り戻した落合竜が、日本一へ突き進む。

参照元:スポーツ報知

プロ野球創設期の名投手、故沢村栄治氏を記念した「沢村賞」の選考委員会が29日開かれ、パ・リーグを2連覇した日本ハムの原動力となったダルビッシュ有投手(21)が満場一致で選出され、初受賞した。日本ハムからの受賞者は初めて。

 同賞は先発完投型の本格派投手が対象。選考基準は15勝、防御率2・50、200投球回、10完投、150奪三振、登板25試合、勝率6割の7項目で、ダルビッシュはすべて上回った。

 選考委員長を務めた土橋正幸氏(元日本ハム監督)は「ピッチングに力でねじ伏せる力感がある。12球団を代表する投手になった」と称賛した。

 ◆沢村賞 正式には「沢村栄治賞」。史上初の無安打無得点試合を達成した伝説の大投手、故沢村栄治氏(巨人)を記念し、1リーグ時代の1947年に制定された。シーズンで最も優れた先発完投型の投手に贈られる賞で、2リーグ分立の50年からはセ・リーグの所属投手だけが選考対象となり、89年から両リーグに広げられた。59年までは記者投票だったが、60年からは選考委員会が選出している。今回の選考委員は稲尾和久、平松政次、土橋正幸、堀内恒夫、大野豊(就任順)の5人。受賞者には金杯と副賞300万円が贈られる。

参照元:スポーツ報知

◆ワールドシリーズ(7回戦制=4戦先勝)第4戦 ロッキーズ3―4レッドソックス(28日・デンバー) いつまでも歓声がやまない。松坂大輔、岡島秀樹両投手の所属する米大リーグ、レッドソックスが28日にワールドシリーズ優勝を決めた。その試合終了から2時間近くが経過しても、クアーズ・フィールドの観客席にはファンが残り、拍手や声援が続いた。

 シャンパン・ファイトの後、家族とともに選手が次々にグラウンドへ姿を現す。松坂投手も倫世夫人や日本から駆けつけた両親らと一緒にグラウンドで喜びを分かち合った。カクテル光線に囲まれ、静かな幸せな時間。松坂投手が笑顔で「来年、2人目の子供が生まれます」と明かした。1年間、支えてくれた家族に来季、新たな援軍が加わる。

 岡島投手も緊張感から解放され、グラウンドでチームメートと楽しそうに記念写真を撮った。

 試合開始時点の気温が20度とデンバーにしては暖かな夜。午前零時直前、松坂投手が手を振りながらダッグアウトに向かうと夜空に「ダイスケ」コールがこだました。(共同)

参照元:スポーツ報知

◆ワールドシリーズ(7回戦制=4戦先勝)第4戦 ロッキーズ3―4レッドソックス(28日・デンバー) 松坂大輔、岡島秀樹両投手を擁するレッドソックスが、松井稼頭央内野手が所属するロッキーズに4―3で勝ち、負けなしの4連勝で3年ぶり7度目の優勝を果たした。カージナルスを下した04年に続く4連勝の制覇で、ワールドシリーズ8連勝となった。松坂と岡島は試合後、同僚とシャンパンを掛け合って喜びを分かち合った。

 日本選手所属チームのワールドシリーズ制覇は、2005年に井口資仁内野手(現フィリーズ)がいたホワイトソッックス、昨年の田口壮外野手のカージナルスに続き3年連続となった。

 ロッキーズの松井稼頭央は「1番・二塁」で先発、3回の第2打席で左越え二塁打を放つなど4打数1安打で、8回守備の途中で交代した。

 レッドソックスの岡島秀樹投手は8回から登板。前夜の試合で3ランを打たれたホリデイは二ゴロに打ち取ったが、続くヘルトンに左前打を許すと、アトキンスに2点本塁打を浴び、1/3回2安打2失点で降板した。

 負け無しの4勝をマークして優勝したのは今回のレッドソックスで20度目。2005年に井口内野手(現フィリーズ)所属のホワイトソックスが達成して以来、2年ぶりの快挙だ。レッドソックスは、1914年と2004年にも4連勝で制覇している。

 最優秀選手(MVP)には、打率4割をマークしたレッドソックスのローウェル内野手が選ばれた。

 レッドソックス・松坂大輔投手「2月のフロリダに始まり、長かったですけど、(優勝に)たどり着けてよかった。負けそうでも負けない、本当に強いチーム。ここにいられて幸せです。応援も力になった。たくさんの人に感謝したい」

 レッドソックス・岡島秀樹投手「本当に長い1年だった。最後はいっぱいいっぱいだった。気持ちで抑えたかったけれど(2試合連続本塁打を浴び)悔しかった。でも来年に向けての課題ができたと思う」

 ロッキーズ・松井稼頭央内野手「この悔しさを十分感じて、来年しっかりやっていきたい。最後までユニホームを着られて感謝もあるし、チームとして負けた悔しさもあります。いろんな1年でした」

 ◆松井稼の打席別結果
  第1打席 1回 投飛
  第2打席 3回 左越え二塁打
  第3打席 5回 遊飛
  第4打席 7回 三振

 ◆岡島の投球内容
  回数 1/3回
  打者 3
  球数 15
  被安打 2
  奪三振 0
  与四死球 0
  失点 2
  自責点 2

参照元:スポーツ報知

 ◆ワールドシリーズ(7回戦制=4戦先勝)第4戦 ロッキーズ3―4レッドソックス(28日・デンバー) 松坂大輔、岡島秀樹両投手を擁するレッドソックスが、松井稼頭央内野手が所属するロッキーズに4―3で勝ち、負けなしの4連勝で3年ぶり7度目の優勝を果たした。

 初のワールドシリーズは一度も勝てずに、松井稼のシーズンが終わった。4試合で打率2割9分4厘、日本人初の盗塁も決めたが「チャンピオンにならないと満足感はない」と話した。

 この日は、ユニホームのすそを上げ、ソックスを見せるクラシックスタイルでプレー。「何か変えれば、変わるんじゃないかと思って」。これまで両チームの力は一緒と話してきたが、最後は「(相手は)投手がよかった」と味方の強力打線を上回る投手力だったことを認めた。

 頂点は極められなかったが、レギュラーシーズン終盤からの快進撃でここまで到達した。「(負けは)結果として受け止めている。こういう舞台で戦えたのはプラスになるし、悔しさもプラスになる」と話した。

参照元:スポーツ報知

前パイレーツ・桑田の真紀夫人が28日、桑田が会長を務めるボーイズリーグ「麻生ジャイアンツ」の練習でジャイアンツ球場を訪れ、桑田の近況を明かした。9月に右足首を手術。最近はジム通いで、トレーニングに汗を流しているという。松葉づえは取れないが「息子ともキャッチボールをしたり、リハビリをやってます」12月に渡米して再検査を受ける予定だ。

参照元:nikkansports.com
巨人・上原浩治投手(32)と高橋尚成投手(32)が27日、東京・よみうりランド内のジャイアンツ球場で、北京五輪アジア予選(12月1~3日、台湾・台中)に向けて本格的に始動した。国際大会で通算21戦12勝無敗と驚異的な成績を誇る上原は、星野JAPANのメンバーへ「国際試合成功法」を惜しみなくアドバイスすると宣言。高橋尚はワンポイントも含め、ポジションにこだわらずチームに貢献することを誓った。

 すっきりとした表情で、上原は前を向いた。クライマックスシリーズで中日にまさかの3連敗を喫し、涙を流してから1週間。「次の日から気持ちは切り替わっていた。負けは負け。きょうからは(五輪に)気持ちを切り替えました」7日ぶりの練習後、力強く話した。

 北京へ向け、右腕が静かに始動した。この日、G球場で高橋尚と一緒にアップ、キャッチボールなどをこなして体の状態を確かめた。29日に神戸で星野JAPANに合流予定。「日本の(最終)メンバーに入るために、体を休めるより動かさないと。残り1か月ちょっとなんで、疲れを取ることより、あと1か月頑張りたい」と、シーズンの疲労をものともせず、五輪予選を最優先させる。

 グラウンド外でも、JAPANのために全力で貢献する覚悟を固めている。「(代表候補メンバーに)聞かれたら何でも答えますよ。コーチから言われたら、どんどんと(助言を)言っていきたい。今回の場合は12球団が味方なわけやから」国際舞台で無類の勝負強さを誇る右腕が、自身の経験に基づいて、惜しみなくアドバイスしていく。

 心強い限りだ。大体大時代の1997年のインターコンチネンタルカップ決勝では、当時国際大会151連勝中だったキューバ相手に先発して勝利。昨年3月のWBCでも準決勝の韓国戦で7回無失点と圧倒した。国際大会は通算21戦12勝無敗。防御率1・98と驚異的な数字を誇る。今回代表候補となった、日本ハム・ダルビッシュ、ロッテ・成瀬ら若手投手にも、これ以上の先生役はいない。

 すでに上原は先発、中継ぎ、抑えのポジションにこだわらないことを宣言。がむしゃらにアジア予選突破を目指す。「大丈夫でしょう。12球団のメンバーが集まるわけですから」スターが集う星野JAPANの中心に、上原がいる。

参照元:スポーツ報知

ソフトバンクは27日、伊奈龍哉外野手(19)、大野隆治捕手(27)、稲嶺誉内野手(27)の3選手に戦力外通告を行った。伊奈は昨秋の高校生ドラフト3巡目で入団し、プロ1年目を終えたばかり。“超異例”となるスピード解雇に踏み切った。

 昨季、2年目を終えて戦力外となった定岡卓摩内野手(現ロッテ)を上回る1年での非情の通告となった。伊奈は高校通算74発の長距離砲で、将来のクリーンアップ候補として期待された。だが、滋賀・近江高時代から右肩に故障を抱えており、今年4月の手術後も状態は上向かず、今季の試合出場はゼロ。球団側も「手術後の経過を観察して、来季以降の戦力としては厳しいと判断した」(角田球団代表)という結論に至った。今後については大野、稲嶺を含めた3選手とも現役を続けるかどうか未定だ。

参照元:スポーツ報知

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