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 中日からFAで米大リーグのカブスに移籍した福留孝介外野手(30)が6日、名古屋での第1次自主トレを打ち上げた。ナゴヤ球場でランニング、ウエートなど約2時間のトレーニング。手術した右ひじの心配を吹き飛ばすように、キャッチボールでは力強いボールを投げ込んだ。

 元日から6日連続で体を動かしただけに「ひと区切りと思ってもらっていいんじゃないですか」と余裕の笑み。7日にはパ・リーグ2冠王の山崎らと合同自主トレを行うため米ハワイに出発する。

参照元:スポーツ報知

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ヤンキース・松井秀喜外野手(33)が地元で「素振り初め」をした。6日、石川・能美市で13度目となる「松井秀喜選手と新春市民の集い」に出席。ファンからの要望もあり、昨年11月16日に行った右ひざの内視鏡手術後、初めてのスイングを壇上で披露した。「いい振りだったんじゃないかな」と力のこもった素振りに、けがを心配した観客約1000人を安心させた。

 地元が世界に誇る強打者の元気な姿が、そこにあった。松井秀は復帰へ向けて懸命なリハビリを続けているが、練習ではまだバットを使う段階ではない。だが、司会者や温かい声援を送るファンからのリクエストは無視できない。白木のバットが用意されると「手術後、初めてなんですよ」と戸惑いながらも初振り。直後には患部の右ひざを押さえ、口元をゆがめて天を仰ぐパフォーマンスを見せる余裕に、順調な回復をうかがわせた。

 スイングはイベント内のゲームを含めて、8振り。全力ではないものの、素振りの感触に手応えを感じた様子だった。患部の現状については「野球をやるまでには半分くらいかな」と説明。最後は「皆さんのメッセージはしっかりと届きました」と笑顔で会場を後にした。故郷の大声援は最大の治療薬になったはずだ。

 ◆NYでの休日「夜はデート」 イベントでは毎年恒例となっている結婚についての質問もファンから飛び出した。松井秀は例年「その予定はない」と断言してきたが、今回は「もうしばらくお待ちください」と意味深な返答。ニューヨークでの休日の過ごし方を問われた時は「昼まで寝て、夜はデート」と会場をわかせた。あとから「うそうそ。それはない」と否定はしたが、受け答えに変化が見られ、電撃結婚があるかも?

参照元:スポーツ報知

米パイレーツとのマイナー契約に基本合意している桑田真澄投手(39)が6日、都内のグラウンドで08年の「投げ初め」をした。オーナーを務める「麻生ジャイアンツ」の練習に参加。昨年9月の右足首じん帯再建手術以来初めてブルペンに入り、50球を投げた。さらに今季のテーマを「ポコ・ア・ポコ(少しずつ)」に決定。メジャー復帰への階段を、文字通り一歩ずつ上がっていく考えを示した。

 順調な回復ぶりを存分に見せつけた。桑田がマウンドへ帰ってきた。麻生ジャイアンツの主力投手たちにピッチングの手本を見せるため、室内ブルペンのマウンドに立った。捕手を座らせて直球、カーブを計50球。特にカーブは、座らせた捕手の足元に狙って落とし、制球の大切さを説いた。子供たちの視線はくぎ付けとなった。

 昨年9月に右足首のじん帯再建手術を受け、リハビリ生活を続けてきた。「(昨年の)松葉づえ(姿)を見ていると、想像つかないでしょ。問題ないわけではないけど、1月になれば(投げて)よいだろうと思っていた。これから徐々に慣らしていかないとね」とマウンドに立った喜びを隠しきれない様子だ。

 精力的に動いた。練習会場となったグラウンドに隣接する林間コースでクロスカントリー。ウオーミングアップを指揮してキャッチボールも披露。投球練習の後は、自らティー打撃を実践するなど、計4時間半にわたって動きっぱなし。「これからは横の動きもプラスしていくから」と意欲的だった。

 軽快に動いたあとは、舌も滑らか。08年、自分に言い聞かせているという言葉を明かした。「今年は『ポコ・ア・ポコ』で行きます。僕の好きな言葉で、スペイン語で『少しずつ』という意味ですよ」その言葉どおり、はやる気持ちを静めながら、一歩一歩、復帰への階段を上るつもりだ。

 パイレーツとはすでにマイナー契約で基本合意に達している。「今日は何も言うことはありませんが、近いうちに何らかの発表があると思います」背番号と同じ数字が並ぶ1月8日にも正式発表となりそう。4月で40歳になる桑田が、メジャー復帰へ走り出した。

 ◆元巨人のデセンス再会楽しみ 99年に桑田と巨人でプレーした前ロッキーズのエルマー・デセンス投手(36)がパイレーツとマイナー契約。桑田は現在も電話で連絡を取り合う間柄だそうで、「去年は(元巨人の)ワズディンがいたけど、知っている人がいると心強い」と再会を心待ち。メジャー昇格を争うライバルになるが、早くもキャンプでのキャッチボール相手に指名していた。

参照元:スポーツ報知

 6日付の米紙ニューズデー(電子版)は、米大リーグの薬物使用の実態をまとめた「ミッチェル・リポート」で実名を挙げられたロジャー・クレメンス投手が、リポート発表後初めて、告発したトレーニングコーチのブライアン・マクナミー氏と電話で話し合いをしたと報じた。

 どちらが電話をかけたかや、会話の内容は不明だが、関係者によると、1時間に及んだ会話は互いに「感情的」だったという。リポートによるとマクナミー氏は、クレメンスにステロイドやヒト成長ホルモンを注射したとされている。

 両者は1月16日に米下院での公聴会への出席を求められており、大リーグ公式ホームページによると、クレメンスは出席を承諾したという。(共同)

参照元:スポーツ報知

中日の山本昌投手(42)が5日、ナゴヤ球場で始動した。かつての本拠地で年明けの初練習を行うのは1996年以来、12年ぶり。あと7勝に迫った200勝に向け、若いころに汗を流した思い出の地で、名球会へのスタートを切った。

 “原点回帰”の精神で復活イヤーを歩み出した。「外野の枯れた芝を見ると、また1年が始まるんだと引き締まった気持ちになりますね」ランニング、キャッチボールなど精力的に動いた左腕は、すっきりとした笑みを浮かべた。

 例年は1月10日前後に鳥取市内のジムで始動するが、2勝10敗に終わった昨季の悔しさが42歳を奮い立たせた。「ここ10年で一番、練習している。キャンプでも若い子と一緒にブルペンに入りたい」年末は母校の日大藤沢高で体を動かしてきただけに、ハイペース調整での巻き返しに準備万端だ。

 昨年末の契約更改交渉でも9000万円ダウンの1億4000万円でサイン。「去年のままだと引退するしかない。200勝をあまり意識しないように。優勝に貢献できるように頑張るだけ」とサウスポーは胸を張った。背水の決意でプロ25年目に臨む。

参照元:スポーツ報知

怪物はオレ流で突き進む―。日本ハムの高校生1巡目ルーキー・中田翔外野手(18)=大阪桐蔭=が5日、大阪・大東市内の同校グラウンドで始動した。現在、体重100キロ超の中田は梨田昌孝監督(54)から減量を指令されたが「それではプロで通用しないと思う。今でも動けないことはない」と主張。減量を意識せずに体を鍛える意向を示した。

 敢然と「NO!」を突きつけた。指揮官の減量指令にも、中田は臆(おく)することなく自らの意見を口にした。「今の状態で動けないことはない。それに、僕はデブで動けたら最強と思ってるので」。現在の体重が「100キロとちょっと」と言う怪物は「今のを若干、落とすくらいでいい」と主張した。

 事の発端は、昨年12月10日の新入団発表会見。梨田監督は中田の立派すぎるボディーが体のキレを失わせると指摘した上で「高校1年の時の状態に戻した方がいい」と促した。指揮官はこの日、日本ハム東京支社を訪れた際にも「中田がきょう始動? 体重が落ちているか気になるね」と話した。

 だが、指揮官の言う3年前は79キロ。単純計算で20キロ以上のダイエットについて、中田は「あれに戻すのは不可能」と断言。さらには「自分の感覚として、あそこまで戻したらプロで通用しないと思います」と言ってのけた。

 決して指揮官とやり合うつもりはない。ただ、高校3年間で成長した自負があるからこそ、時代を逆行することに納得がいかなかった。中日・ウッズを理想に掲げ「鋼の肉体を作りたい」とウエートトレに没頭。筋肉で体重を増やしながら、伝説の170メートル弾を含め、史上最多の高校通算87本塁打を記録してきた。

 「1年の時と比べれば、スイングスピードも全然違う。それに取りえがなかったら、あかんと思うし…」山口・光市内の温泉旅館で過ごした年末年始も「食べて太って、走って減って」を繰り返し、体重の増減はほとんどなし。「ベストは95キロくらい。でも、あまり体重は考えず、今の体にキレをつけたいです」18歳ながら、自分の意見を持てることも一流の証しなのかもしれない。

 この日はキャッチボールやティー打撃など約3時間、汗を流した。当然、プロでも一発にこだわっていく。当初は1年目の目標に「20本塁打」を掲げていたが、この日は「清原さん? 超せるのであれば超したいです」とオリックス・清原が西武時代の86年に作った高卒新人最多本塁打(31本)の更新に色気を見せた。「1年目が肝心だと思うし、プロのスタートとして新人王を狙いたい」とも堂々と宣言。己を貫き通しながら、中田はアーチストとしての王道を歩んでいく。

 ◆監督Vの公約公募 梨田監督はこの日、東京・品川区の日本ハム東京支社を訪問。近鉄監督時代から続けている優勝した際の公約について「勝ってやるなら何でもいい。ファンにアンケートを取って公募しよう」と募集する考えを示した。01年には「優勝したら通天閣に上る」と宣言して、見事にリーグ制覇。503段の非常階段を4度駆け上った。周囲からは早くも札幌の名所・テレビ塔に上る案や大倉山ジャンプ台から飛び降りる案が出ているが「言ったからには、やらないと意味がない」と有言実行を約束した。

参照元:スポーツ報知

楽天の高校生ドラフト1巡目ルーキー・寺田龍平(18)=札幌南高=が5日、札幌市内で自主トレを開始した。練習は、自ら「苦手」というランニングからスタート。母校から北海道神宮まで往復8キロを力走。神宮を参拝し、さい銭箱に背番号にちなんだ43円を投げ入れた。

 「1試合でもいいから1軍登板」と願掛けしたという寺田が引いたおみくじは「吉」。学問の欄には「努力すればよろしい」と書かれていた。「野球も勉強。野球部の仲間は、みんな受験勉強で忙しい。東北大を受験する3人だけ、(入学後も)『仙台でよろしく』と言ってくれました」とニッコリ。

 北海道屈指の進学校からあえてプロの世界に飛び込んだ右腕。視野に入れていた慶大など一流大へのチャレンジは封印。教科書もすべて段ボール箱に詰め込んだ。「9日に仙台へ出発すると、もう自宅にも自分の部屋はなくなる」退路を断って、勝負の世界で生きる決意を固めた寺田が、クレバーな投球を武器に夢の1軍入りを狙う。

参照元:スポーツ報知

 ロッテの小宮山悟投手(42)が5日、千葉マリンスタジアムで始動し、昨季1軍登板のなかった若手投手たちに辛口のゲキを飛ばした。07年は自己最多の41試合に登板したが、若手の台頭がなかったことが一因と見ている。実際、1軍登板した投手は、12球団で最も少ない18人。「これだけ2軍から(若手が)出てこないのはありえない。どこかに問題がある」肩書こそないが、投手コーチを補佐する42歳。険しい表情で苦言を呈した。

 1軍に定着している川崎、荻野らにも甘えは許さない。「現状維持は停滞。そこを打破していかないと。相手に脅威を与える存在が一人でも多く出てきてほしい。ただ、自分から救いの手を差しのべるつもりはない」この日は、軽いキャッチボール、ウエートなど約3時間のトレーニング。突き放すような小宮山流エールが若手に届くか。

参照元:スポーツ報知

中日からFAで大リーグのカブスに移籍した福留孝介外野手(30)が5日、ナゴヤ球場で自主トレを行った。ランニング、キャッチボール、トス打撃など約1時間半、メニューをこなした。これで元日から5日連続でトレーニングを敢行。7日には米ハワイに出発、パ・リーグの2冠王・山崎(楽天)らと自主トレに励む。「今日は報道陣の数が多いね。みんな目当てが僕じゃないでしょ」練習時間の違いで対面はしていないが、年明けから同球場で汗を流すイチロー(マリナーズ)を意識しながら、帰路についた。

参照元:スポーツ報知

アストロズの松井稼頭央内野手(32)が5日、新しい練習パートナーとともに、08年のシーズンに向けて渡米した。

 自宅のあるロサンゼルスへ、成田空港発の全日空機で出発した松井のそばに、家族以外にもう一人、ともに今季を戦う助っ人、宮本英治さん(49)がいた。昨季は巨人の育成コーチだった宮本さんは、西武時代にトレーニングコーチとして松井を見守っていた。「自分のこと、体のこと、よくわかってくれている人なんで心強い」メジャー5年目で3球団目となる松井は、大きな味方を得た。

 昨年12月の国内自主トレから、宮本さんは練習に参加。昨季も松井を苦しめた腰痛は西武在籍時からの持病だけに、宮本さんは「骨盤周りをしっかり、バランスよく強くする」と予防策を教え込んでいる。プロ野球のコーチ歴13年の宮本さんによる体幹トレーニング指導は、ロス到着後すぐに再開する自主トレから2月中旬のフロリダ州キシミーでのキャンプインまで徹底的に行われる。

 「今年もまずは走ることから。新しい環境で、自分の持っているものを出してアピールしていきたい」自慢の足を基本に、松井は故障のないシーズンを目指す。

参照元:スポーツ報知

ロイヤルズが4日、野茂英雄投手(39)とのマイナー契約を正式に発表。2月14日、アリゾナ州サプライズでスタートする春季キャンプに招待選手として参加させると明かした。

 ドジャース時代の2004年は、日本人投手最高年俸の900万ドルでプレーした右腕だが、ロ軍との契約ではメジャー昇格でも年俸60万ドル(約6540万円)。先発数または救援登板数によっての出来高払いも最高10万ドル(約1090万円)で、最大70万ドル(約7630万円)と厳しい条件となった。しかし、野茂にとってはメジャー復帰が最優先。早期の合意は今後の調整も含めて最大のポイントだった。

 日本ハムでの5シーズンで2度リーグ制覇し、今年からロ軍を指揮するヒルマン新監督も「彼は(日本人として)最も勝利数を挙げた実績のある投手。情熱にあふれており、キャンプで見るのが楽しみだ」と3年ぶりのメジャー復帰を切望。また、ムーアGMは「彼は大リーグで成功を収めた投手。彼にチャンスを与えたかった。彼の存在は(新入団の)薮田にもいい影響を与えるだろう」と期待。メジャー40人枠の平均年齢がリーグ4番目に若い27・4歳という若手が並ぶロイヤルズのメンバーに、8月で40歳となるNOMOが割り込めるか。

参照元:スポーツ報知

ヤンキース・松井秀喜外野手(33)のサイン入りユニホームが、ニューヨークのケネディ国際空港内の日本航空(JAL)ラウンジに20日から飾られることが5日、分かった。ラウンジは現在、来春のリニューアルオープンを目指し段階的に改修中。同社がその目玉として、ユニホームの展示を依頼すると、松井秀が快諾し、実現に至った。

 今年もやはりニューヨークの「日本の顔」はゴジラだ。JAL関係者は「松井さんはニューヨーク在住の日本人にとっての誇りですので、お願いしました」と説明。同社とのキャラクター契約は04年で終了しているほか、今オフは地元紙でトレード報道が出るなど、ニューヨークを去る可能性も浮上した。それでも玄関口で展示するということに、NYでの根強い人気ぶりがうかがえる。

 昨年11月29日、帰国便に搭乗する前に松井秀は、「JALさんにはいつもお世話になっていますから」と展示品を手渡した。ユニホームはケネディ空港のファーストとビジネス、2か所のラウンジに飾られる予定。過去にはニューヨーク市観光局から「観光親善大使」に任命されたこともある55番が、今年も日本の“看板”としてニューヨークを沸かす。

参照元:スポーツ報知

 ドジャースの黒田博樹投手(32)が5日、広島市民球場で始動した。約150人のファンを前にした、異例の“公開自主トレ”だった。

 広島時代の背番号15にちなんだ開始日は、先月26日に視力回復手術を受けて以来初の本格的なトレーニングだった。「人がたくさんいるので、投げないといけないかなと思った」キャッチボールは48球も行った。この日はメジャー仕様に新調した黒のグラブも初披露。「わざわざ来てもらえるのはありがたいし、ここでスタートして良かった」今季限りで役目を終える同球場での練習に感慨深い様子だった。

 練習後はスタンドで約30分間、サイン色紙にペンを走らせた。グラブに刺しゅうした「感謝」を胸に、黒田の“ルーキーイヤー”が幕を開けた。

参照元:スポーツ報知

岩波書店から1月11日に発売される「広辞苑 第6版」の広告に、パイレーツとマイナー契約に合意した桑田真澄投手(39)が登場する。デザインの内容は、著名人8人が、自らを象徴する一つの言葉と一緒に描かれているもの。桑田は「努力することの大切さを、多くの人に知って欲しい」として“努力”を選んだ。この広告ポスターは6日から全国の主要な駅に張り出される。

参照元:スポーツ報知

昨年2度左ひざを手術したオリックス・清原和博内野手(40)が4日、リハビリのため成田空港から米ハワイの自主トレに出発。昨年おおみそかに行われた格闘技イベント「やれんのか!大晦日!2007」に出場した友人の格闘家・秋山成勲(32)の戦いに刺激され、戦闘意欲を取り戻した。

 「大みそかの秋山くんの試合を見て、スイッチが入った。リハビリで、戦う場所に行っていなかったので、あれでスイッチが入った。ぼくの中で戦闘モードに入った」一昨年大みそかの桜庭戦で保湿クリームを塗って無期限出場停止処分となり、ヒールとして大ブーイングを受けながら戦う姿に心が震えた。「(試合を)見に行っていたのですが、その夜は3時4時まで寝れなかった。カッカして元旦から走りに行った」

 左ひざは50メートルダッシュを5本をこなす程度まで回復。「1年間試合に出なかったのは、4歳から野球を始めて、去年が初めて。自分自身野球を取り上げられたら、ただの大男だと思った。もう一度野球がしたい」ひざの負担を減らすため、約3週間のハワイ滞在で体重を108キロから100キロに減量。ティー打撃再開までこぎつける意気込みだ。

参照元:スポーツ報知

ソフトバンクの大村が、今季中に再取得する予定のFA権を行使し、メジャーに挑戦する意向を明かした。福岡・中間市内でトークショーに参加。「メジャーには行かないんですか?」というファンの女の子の質問に、「行きたいね。人生は1回しかないし、野球人生は短い。オレはチビ(公称173センチ)やから大きな選手の中で活躍したら、背の小さい子にも勇気を与えられるからな」と言い切った。

参照元:スポーツ報知

楽天の大学・社会人1巡目ルーキー、長谷部康平投手(22)=愛工大=が「黄金水」を武器に新人王と北京五輪での頂点を狙う。女子マラソンの高橋尚子が愛飲、2000年のシドニー五輪で金メダル獲得につながった地元の名水を食事に取り入れて体調管理する考え。4日、故郷の岐阜・関で始動。練習後には関市民特別奨励賞の表彰を受け、08年の新人王と北京五輪の日本代表入りを目標に掲げた。

 半端ではない期待が寄せられていると実感した。長谷部の表彰式が行われた関市役所には約700人が集まった。「これだけの人が応援してくれる。1年目から活躍しないと。10勝して新人王を取りたいし、結果を残せば日本代表もあるかも」昨年の北京五輪アジア予選でアマから唯一、日本代表入りした左腕は、あえて高い目標を立てた。

 「1年間できる体力をつける。72キロぐらいにはしたい」173センチ、68キロと小柄な左腕は肉体改造を成功の条件としている。その強力な追い風となるのが故郷の名水だ。関市の名産に「高賀の森水」と呼ばれるわき水があり、シドニー五輪で高橋尚子が補給水として使用。見事、金メダル獲得へ導いた。

 これを聞いた左腕も、さっそく試飲。「おいしい! これから飲みます。大学では外食ばかりだったので、やっぱり食事面も変えていきたい」と金メダル効果にあやかることを決意。関市の尾藤義昭市長(61)も「後援会を作ろうとひそかに話し合っている」と明かし、関市が誇るプロ野球選手の全面バックアップを約束した。

 プロの第一歩を愛着ある故郷で踏んだ長谷部。中学時代以来という関市民球場で、午前9時過ぎからダッシュやキャッチボールなど約1時間半のトレーニングを行った。「とにかく、結果を残すことだけを考えたい」日本一へ、そして世界一へ。愛する故郷が生んだ名水とともに、頂点への階段を駆け上がる。

 ◆高賀の森水(こうかのしんすい) 岐阜・奥美濃の高賀渓谷にある約1億年前の地層からわき出た天然水。マグネシウム量が少ない軟水で体にやさしく、吸収しやすいことが特徴。00年シドニー五輪の女子マラソンで岐阜出身の高橋尚子が補給水に使い、金メダルを獲得したことで話題となり、現地を訪れる人が急増した。一般への販売も行われている。

参照元:スポーツ報知

ソフトバンクの松中が5日、自主トレーニングのため福岡空港からグアムへ出発した。

 昨年は本塁打15本と不本意な成績に終わった主砲は「11、12月にここまで準備したのは初めて。下半身の土台づくりを継続してやっていきたい」と話した。

参照元:スポーツ報知

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