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横浜が獲得を表明後に、米大リーグの薬物使用実態を調査した「ミッチェル・リポート」に名前が挙がった元オリオールズのラリー・ビグビー外野手(30)から17日、代理人を通じて球団にファクスが届いた。だが、詳細な事情説明を求めた横浜側に対し、文書1枚のみのお粗末な内容。「02年にかかとの回復のために(薬物を)使った」とだけ記され、薬物使用歴など具体的な説明はなかった。村上忠則チーム運営部門統括は、「事実を把握するのが一番大事」と、代理人に詳しい報告を求めたとしながら、あきれ顔だった。
参照元:スポーツ報知
ソフトバンクの馬原孝浩投手が18日、契約更改交渉し、7500万円増の1億5500万円でサインした。
馬原は4年目の今季、38セーブを挙げ、初めて最多セーブのタイトルを獲得。「ことしの成績をすべてクリアできるように頑張りたい」と来季の抱負を口にした。(金額は推定)
参照元:スポーツ報知
パドレスに入団が決まった井口資仁内野手(33)が16日、ロサンゼルスに到着。正式契約に備えパ軍の本拠地サンディエゴへ向かった。メディカルチェックなどを行い、18日(日本時間19日)に入団会見する予定。今季所属したフィリーズやロッキーズなども獲得に乗り出していたが、二塁のレギュラーで期待するパ軍と1年400万ドル(約4億5000万円)で合意。来季がメジャー4年目の井口は「条件は一番、パドレスが低かった。でも、家族を優先させた。お金では計れないものがある」とし、1年契約には「1年1年が勝負」と話していた。
参照元:スポーツ報知
赤ヘルからドジャー・ブルーへ。広島からFA宣言し、ドジャースと総額3530万ドル(約40億円)の3年契約を結んだ黒田博樹投手(32)が16日、ドジャー・スタジアムで入団記者会見を行い、「早くドジャー・ブルーに染まりたい」と新天地での意欲を語った。背番号は18を希望。ローテーションの柱として、16番で13勝した野茂英雄、17番で14勝した石井一久を超える15勝以上の期待がかかっている。
写真撮影のため、ドジャー・スタジアムのマウンドに上がった黒田。「1日も早くドジャー・ブルーに染まりたい」心はもう伝統あるド軍の一員だった。
マリナーズ、Dバックスのオファーを蹴ってド軍を選択した理由を「家族のことが第一。その上で自分がベストな環境を考えた。大きな日本人コミュニティーと温暖な気候。自分の力を発揮する上で一番にいいと思った」と説明。また、広島での11年間は一度も優勝争いに加わることはなかっただけに、今オフにA・ジョーンズ外野手(前ブレーブス)を獲得し、ヤ軍の名将だったトーレ監督を招へいするなど、ド軍が頂点を狙えるチームであることも大きな理由のひとつだった。
黒田獲得を今オフの最大の補強ポイントと位置づけていたコレッティGMは「マウンドに立つ度に(チームが)勝つチャンスを与えてくれると期待している」と大きな期待を寄せた。写真撮影の時には、早くも正捕手マーティンから「コミュニケーションを取ってしっかりいこう」と激励の電話が入り、黒田を驚かせた。
背番号は未定のため、この日は来季の年号08のユニホームで会見に臨んだ。広島時代の15番は主力のファーカル遊撃手が付けていることもあり、日本のエースナンバー「18」を希望した。
ド軍では95年に野茂英雄投手が16番で13勝(5敗)、ポスティングシステムで02年に入団し17番を付けた石井一久投手が14勝(10敗)して、いきなりロサンゼルスの日本人ファンを虜(とりこ)にした。16―17に次ぐ、18番のユニホームに身を包んだ黒田が、守護神・斎藤隆投手とともに88年以来の世界一を目指す名門復活の切り札となる。
◆ドジャー・ブルー 野茂の在籍時に監督を務めるなどドジャース一筋58年のT・ラソーダ氏(現オーナー付特別顧問)が口にした「オレの体にはドジャー・ブルーの血が流れている」の名セリフから来ている。大物選手の入団時に「身も心もド軍にささげる」という意味で使うケースがある。
◆古巣ブラウン監督「かなり勝てる」 広島・ブラウン監督が、ドジャース入りが決定した黒田にエールを送った。17日、帰国の途についた指揮官は「黒田は間違いなく彼自身の野球をやってくれる。チームの得点力にもよるが、かなり勝てる」と新天地での活躍に太鼓判。「ドジャースはいい補強をした。センターにアンドルー・ジョーンズも入ったしね」と、10年連続ゴールドグラブ賞受賞の名手獲得まで評価した。
参照元:スポーツ報知
米大リーグ、ドジャースに入団した黒田博樹投手は17日、ロサンゼルス空港を出発し、帰国の途に就いた。
入団記者会見から一夜明けた黒田はリラックスした表情で「ここで野球をやるのが決まってほっとした。家族も喜んでいました」と語った。
参照元:スポーツ報知
中日からフリーエージェント(FA)となり、米大リーグのカブスとの契約に合意した福留孝介外野手(30)が18日、シカゴへ出発した。現地で身体検査を受けた後、正式契約を結ぶ。
福留は「まだ向こうに行っていないし、何の実感もないが、うまく進めばいい」とリラックスした様子。カブスの印象については「球場が独特だし、風が強いことでも知られている。(日本では)ドーム球場でやっている分、苦労すると思うが、いいと思う。伝統あるチームでファンも熱心だと聞いているし、楽しみ」と話した。
福留孝介外野手「(カブス入団は)本当に必要としてもらえたし、望まれていくのがベストだと思って決めた。カブスは伝統があるチームで、ファンも熱心と聞いているので楽しみ」
参照元:スポーツ報知
阪神・新井貴浩内野手(30)が16日、広島市内のスポーツクラブ「アスリート」で、本格的なトレーニングを開始した。FA宣言や北京五輪アジア予選などの影響で、例年より始動が1か月半遅れているため、今後は異例の超ハイペース調整を行う予定だ。
「本当は徐々にやっていかないといけないが、ちょっとペースを速めてやっていかないと」イベントなど公式行事に出席する以外は、体作りに全精力を注ぐ意向。テレビなどの取材対応や家探しなど、公私ともに多忙な日々は続く。それでも「できる時はガンガンに追い込む」と話した。
参照元:スポーツ報知
ロッテの新入団選手7人が16日、本拠・千葉マリンスタジアムと、さいたま市内の選手寮を見学した。高校生ドラフト1巡目・唐川侑己投手(18)=千葉・成田高=は、交流があるプロレスラー・中邑真輔(27)=新日本プロレス=から吸収する「新日イズム」で、早期1軍デビューを誓った。
中邑は玄米中心の自然食主義を唱え、強さと柔らかさを兼ね備えた肉体を持つレスラー。都内のかかりつけの鍼灸(しんきゅう)院で知り合い、最近ではサインの書き方まで相談する仲だが、そのトレーニング理論にもひかれている。「今ヒョロヒョロなんで。体のことで分からないことがあったらいつでも聞いてと言われています」現在は180センチ、78キロ。1年間働ける頑健な体をつくるため、参考にする構えだ。
選手寮ではパ・リーグ2冠(防御率、勝率)の左腕、成瀬が使用していた304号室に入ることが内定。「ラッキーですね。僕も勝てる投手になりたい」千葉マリンのマウンドで、レスラー仕様の肉体から剛球を繰り出す日も近い。
参照元:スポーツ報知
北京五輪日本代表の星野仙一監督(60)=阪神オーナー付シニアディレクター=が16日、胃がんのため15日に死去したかつての参謀役、島野育夫さん(享年63歳)と悲しみの対面を果たした。兵庫県伊丹市の島野さんの自宅を訪れ、冥福(めいふく)を祈った。
北京五輪切符を手にしたときとは、まるで別人のようだった。ぼう然自失の星野監督が午後0時半、今は亡き島野さんの前でそっと手を合わせた。居合わせた阪神・木戸克彦作戦兼バッテリーコーチ(46)によると、闘将はかつての名参謀の遺体に向かって話しかけていたという。気持ちの整理がつかないのか、約1時間の弔問後は無言のまま引き揚げた。
夜には、阪神・岡田彰布監督(50)も自宅を訪問。「穏和な顔をしてたな。見たこともないような…。タイガースにとって特別な人だった」と話し、早すぎる別れを惜しんだ。
参照元:スポーツ報知
米大リーグの薬物使用実態を報告した「ミッチェル・リポート」で使用を指摘されていた前西武のアレックス・カブレラ内野手(35)は、全面否定した。 母国ベネズエラのウインターリーグに参加しているカブレラが「ミッチェル・リポート」に、かみついた。
ベネズエラの地元紙やウインターリーグに所属するレオネスなどの公式ページによると「薬の所有も使用もしていない」と、薬物疑惑を全面否定した上で「(リポートに書いてある)薬物が入っているとされる箱を見たことも、持ったこともない。当時チーム(ダイヤモンドバックス)に入ったばかりの新人で、もう日本に行ってしまった選手のせいにするほうが簡単だったのだろう」とコメント。AP通信は、スケープゴート(いけにえ)にされたと言わんばかりだった、と表現した。
報告書によると、カブレラが初めてメジャー(Dバックス)に昇格した2000年9月、クラブハウス従業員がカブレラあての小包の中に、数百錠のステロイドを見つけた、としている。
オリックス入りも視野に入れているカブレラは、野茂英雄投手と同じレオネスに在籍。15日にも「4番・DH」で出場。26試合に出場し打率2割9分6厘、9本塁打の好成績を残している。
参照元:スポーツ報知
マリナーズのイチロー外野手(34)は16日、前日に続いて神戸市内のオリックス合宿所「青涛(とう)館」内の室内練習場で自主トレを行った。約1時間半、打撃練習などで汗を流したイチローは、今後も不定期ながらオリックスに場所を借りて練習を行う中で、若手との合同練習を受け入れる姿勢を見せた。
古巣の若手への門戸は、今年もしっかりと開いておいた。昨年は愛工大名電高の後輩でもある柴田亮と合同自主トレを行うなど、例年後輩たちとは接点を持ってきた。今年は現段階ではまだ軽めの練習しか行っておらず「一緒に練習? (本格的な)練習ならお断りだね」としながらも、「遊び(程度)なら全然OKですよ」と、歓迎の構えだ。
後輩たちには願ってもない機会だ。今季は46試合に出場し打率2割4分1厘、来季は1番として期待される坂口は「盗めるところは盗みたい。見ているだけでも勉強になる」と期待に胸を膨らませた。世界の技術に触れた若手が、9年ぶりのAクラスへ後押しする。
参照元:スポーツ報知
パドレスに入団が決まっている井口資仁内野手は16日、ロサンゼルスに到着。正式契約に備え、車で本拠地サンディエゴへ向かった。18日(日本時間19日)に入団記者会見の予定。
ロッキーズとフィリーズが獲得に乗り出していたが、井口は「条件は一番、パドレスが低かった。でも、家族との生活を優先させた。お金では計れないものがある」と話した。
参照元:スポーツ報知
米大リーグ、ドジャースは16日、ロサンゼルスのドジャースタジアムで広島からフリーエージェント(FA)となった黒田博樹投手(32)と3年契約を結んだと発表した。背番号は黒田が「18」を希望している。
契約の詳細は明らかにされていないが、AP通信によると3年総額3530万ドル(約40億円)。
記者会見した黒田は球団選択の理由に家族優先と、プレーにベストな環境を挙げた。高額契約には「まだこっちで1球も投げていないのに戸惑う」などと話し、多くの日本選手が大リーグで実績を残したおかげで「こういう評価をしてもらえたと思う」と語った。
黒田は広島での11年間で通算103勝89敗。2005年に15勝で最多勝、06年は防御率1・85で1位となった。今季終了後にFAとなり、ドジャースのほか、マリナーズ、ダイヤモンドバックスなどが獲得に乗り出していた。
ドジャース・黒田博樹投手「一日も早くドジャーブルーに染まるように努力したい。チーム選びでは家族のことを第一に考え、その上で自分がプレーするにあたってベストな環境を考えた。高い評価には戸惑う気持ちも強いが、来る以上はやるしかない」
マッコート・オーナー「黒田をドジャースの一員に迎え、心から喜んでいる。獲得に尽力してくれたスタッフに感謝したい。黒田と彼の家族がロサンゼルスで落ち着けるように、あらゆることをしていくつもりだ」
ドジャース・コレッティGM「黒田はこのオフのFA市場で最高の先発投手。重要課題の一つだった先発補強を達成できた。非常に気持ちの強い投手と聞いている。マウンドに立つたびに勝つチャンスを与えてくれると期待している」(共同)
参照元:スポーツ報知
米大リーグ、カブス入団に合意している福留孝介外野手が、18日にシカゴへ向け出発することになった。17日、福留の代理人の水戸重之弁護士が発表した。現地での身体検査後に正式契約を結ぶ予定。
参照元:スポーツ報知
巨人・小笠原道大内野手(34)が、住居を構える千葉・市川市から名誉市民として表彰される可能性が15日、浮上した。この日、市川市営国府台球場で開催された小学生の軟式野球大会「小笠原道大杯」の閉会式で、市川市の千葉光行市長が「金メダルを獲得したら表彰したい。名誉市民? 考えたいですね」と、小笠原が星野ジャパン入りし、北京五輪で優勝した場合、市としてセレモニーを検討する考えを披露した。
04年のアテネ五輪で銅メダルを獲得し、市民栄誉賞を受賞しているガッツは「ありがたいです。でも、まずは体を元に戻すことが大事なので」とあらためて気を引き締めた。市長の言葉を励みに、さらに左ひざのリハビリに励むつもりだ。
この日は、自費で優勝カップやメダルなどを提供した同大会の閉会式に出席した。「選手をやめても継続できる大会にしたい」と、来年以降も規模を拡大して続ける予定。「野球の底辺の拡大に協力したい」と意気込んでいた。
◆薬物より鍛錬 小笠原は米大リーグの薬物汚染問題について「詳細が分からないので、軽はずみなことは言えない」と前置きしたうえで、「体にいいことじゃない。まず、しっかり自分で鍛えることが大事じゃないですか」と訴えた。自身は今シーズン、左ひざ痛に悩まされたが、痛み止めを飲むことさえ避け、体をいたわっていた。
参照元:スポーツ報知
巨人・高橋由伸外野手(32)が、来季も1番打者を志願した。15日、岐阜・岐阜市内のホールで行われた「岐阜ベースボールフォーラム2007」に参加した。今季は原辰徳監督(49)の求めに応えて自身初の1番打者を務め、打率3割8厘、35本塁打とV奪回に貢献。「来季も1番でやらせてもらいたい」と約300人のファンの前で希望した。打順は流動的だが、V2にかける思いが2年連続のリードオフマン宣言につながった。
G党にとって、うれしい発言が高橋由から飛び出した。司会者から、今季の役割を振り返るよう、振られた時だった。「結果的には(1番を)打たせてもらって良かった。来年も1番でやらせてもらいたいですね」トップバッターの志願に、会場が拍手で包まれた。
今季は開幕前に原監督と話し合い、説得に応じる形で先頭打者を務めた。戸惑いながらのスタートだったが、初回先頭打者アーチ9本の日本新記録をつくるなど、巧みなバットコントロールにパンチ力を兼ね備えた、高橋由だけの1番像を確立。5年ぶりのV奪回に大きく貢献した。「新たな挑戦が、僕にとっていい方へ向いてくれた」と納得のシーズンとなった。
高橋由が来季の打順について触れるのは、シーズン終了後初めて。「僕が決めることではない。年明けになったら、4番を打ちたいと言ってるかもしれないしね」と冗談も交えながら、胸の内を明かした。だが、「来年も(1番で)できたらいいな、というのはある」と続けた言葉に、最も力を込めた。
この日は岐阜で野球フォーラムに参加。慶大時代の恩師・後藤寿彦氏(54=現岐阜経済大客員教授)、前楽天編成本部長の山下大輔氏(55)とともに、V奪回の秘話を明かすなど約2時間、ファンとの時間を楽しんだ。「人前でこういうふうに話すことも多くはないし、いい機会をもらえて感謝します」とうなずいた。
今季、横浜との開幕戦では、セ・リーグ史上初の開幕初球アーチでチームを軌道に乗せた。「今年は最後にけがをしてしまった。来年は1年間、けがをせずに、リーグ2連覇、クライマックス、日本シリーズを勝つ」と誓った。来季も高橋由の快音から、巨人の日本一奪回ストーリーが始まるかもしれない。
◆来季の1番打者 今季は高橋由が115試合、谷が26試合、木村拓、脇谷、矢野がそれぞれ1試合ずつ務めた。いまのところ、野手の大型補強もなく、順当なら来季も高橋由がトップバッターになりそうだ。だが、パンチ力のある高橋由がクリーンアップに回れば、出塁率3割5分7厘の谷、俊足の脇谷らが候補。矢野、鈴木尚が続く。
参照元:スポーツ報知
中日、阪神でヘッドコーチなどを歴任し、今オフに阪神を退任した島野育夫さんが15日午後9時5分、胃がんのため兵庫・西宮市内の病院で死去した。63歳だった。葬儀、告別式は未定。島野さんは野球日本代表の星野仙一監督(60)が中日、阪神の監督時代、参謀役として仕え、数々の栄光をつかんできた。星野監督はこの日、長年ともに戦った戦友との別れに悲しみのコメントを寄せた。
島野さんは、現役引退後は星野代表監督との名コンビでその名を知られ、88年にはヘッドコーチとして中日のリーグ優勝に貢献した。02年には指揮官を追うように「ここが最後の仕事場」と阪神に入団。03年のリーグ優勝時には、97年に亡くなった星野監督夫人・扶沙子さんの遺影を掲げた。96年から03年までつけていた背番号「78」は、星野監督の「77」の一歩後ろを行くという意味が込められている。星野監督勇退後の04年は管理部長の職に就いたが、05年に総合コーチとして現場復帰。06年には2軍監督に就任したが、同年4月に胃がんによる長期入院で現場を離れた。5月に手術し、胃を部分摘出。その後も入退院を繰り返し、療養中の9月、2軍がウエスタン・リーグで優勝するシーンをネット裏から観戦。ウイニングボールを手渡され「皆の頑張りで優勝できてうれしい」と目を潤ませていた。
今年は総合特命コーチに就任。9月までは、しばしばグラウンドに姿を見せることもあった。今年11月4日には、神戸合宿を張っていた北京五輪アジア予選日本代表を激励に、スカイマークスタジアムを訪れ「(星野監督は)表情は最高やった。お土産に金メダルを持って帰る、と言っていた。元気をもらったよ」と話していたが、とうとう金メダルを目にすることがないままとなってしまった。今季、総合特命コーチを退任した島野さんは来季、フロント入りし、アドバイザリー的な役職に就く予定だった。
◆島野 育夫(しまの・いくお)1944年3月30日、栃木県生まれ。作新学院高から明電舎を経て、63年に中日入団。68年に南海に移籍。外野手として73年から3年連続ゴールデングラブ賞に輝く。76年、阪神に移籍。80年に引退するまで実働18年間で1466試合出場。通算成績は打率2割4分2厘、211打点、24本塁打。引退後は81年に阪神コーチ、86年から6年間、中日コーチ、92年から3年間、阪神コーチを務めた後、95年から再び中日コーチに。02年、星野監督誕生とともに阪神ヘッドコーチとなった。04年は管理部長を務めたが、05年に総合コーチで現場復帰。06年2軍監督、今季は総合特命コーチを務めた。
参照元:スポーツ報知
阪神・金本、新井が来年1月、鹿児島・最福寺で護摩行を行うことが15日、分かった。コンビでの参加は04年12月以来。最近2年はスケジュールやライバルチームに所属ということもあり、それぞれ単独で行ってきたが、新井の移籍で“炎のタッグ”再結成となった。池口法主は「久しぶりに2人がそろってやる」と、師弟の絆(きずな)をいっそう深めさせるつもりだ。
参照元:スポーツ報知