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阪神、大洋(現横浜)などで活躍した野球解説者・加藤博一さんが、21日午後零時54分、肺がんのため横須賀市内の病院で亡くなった。56歳だった。通夜は23日午後7時、葬儀、告別式は24日、午後1時から、いずれも神奈川県逗子市逗子3の1の17 延命寺(えんめいじ)で。喪主は妻・晴代(はるよ)さん。
関係者によると、加藤さんは06年2月、肺に腫瘍(しゅよう)が見つかり、解説者などの仕事を休養して都内の病院に入院。昨年2月、左肺の摘出手術を受けた。その後、日米のキャンプ取材を精力的に行えるまでに回復。ペナントレース開幕後もグラウンドに姿を見せていた。
しかし、7月。左大腿(たい)骨にがんの転移が見つかり再入院。放射線治療を受けるなど入退院を繰り返していた。秋には一時的に退院したが、今月7日、全身に痛みを訴えて横須賀市内の病院に入院。21日に容体が急変して帰らぬ人となった。
現役時代は記録よりも記憶に残るプレーヤーだった。1970年、佐賀・多久工から西鉄(現西武)に入団。76年に阪神に移籍して外野のレギュラーに定着した。初本塁打は巨人・江川卓投手からマークした。83年、大洋に移籍。85年には近藤貞雄監督のもと、俊足の高木豊、屋鋪要とともに「スーパーカートリオ」を結成。3人でシーズン148盗塁をマークするなど、韋駄天ぶりを発揮した。ひょうきんなキャラクターで、オフにはバラエティー番組にも出演し、人気者になった。
90年に現役を引退。解説者だけではなく、タレント活動も行うなど多方面で活躍した。所属事務所であるアクアプロモーション・佐藤道夫代表(56)は、逗子市内の加藤さんの自宅前で取材に応じ、「昨年末に会った時は元気で、今年の野球取材の準備について話していました」と現場復帰の意思を強く持っていたことを明かした。闘病中、「周囲に心配をかけたくない」と、ごく近い関係者にしか病状を伝えていなかった。突然の訃報(ふほう)に、阪神、大洋時代の恩師、チームメートなど関係者は驚きと悲しみに包まれた。
◆加藤 博一(かとう・ひろかず)1951年10月9日、佐賀県生まれ。佐賀・多久工から70年、ドラフト外(テスト生)で西鉄入り。76年に阪神へ移籍。80年にはリーグ5位の打率3割1分4厘。83年に大洋(現横浜)に移籍し、スーパーカートリオの1人として活躍。86年にはオールスターに出場した。90年に現役引退。選手生活21年で優勝経験はない。91年からフジテレビ系の野球解説者になり、タレントとしても活動した。
参照元:スポーツ報知