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◆大学生・社会人ドラフト(19日) 晴れやかな表情だった。立大時代に慣れ親しんだ神宮球場内で記者会見に臨んだ多田野数人投手(27)=前3Aサクラメント=は「指名されて大変うれしいです。新しい道が開けるのかなと思う」。日本ハムのキャップをかぶることにも抵抗はない。メジャー経験者初の1巡目指名。右腕は日本球界復帰、そして北の大地でプレーする決意をにじませた。
サプライズは意外なところで生まれた。大場、服部をそれぞれ抽選で逃し、日本ハムは“外れ外れ1巡目”で多田野を指名。「ずっと評価していたから」と山田GM。手薄な先発陣の穴埋めを期待し、5年前も獲得に乗り出したメジャー右腕へ再アタックした。
02年秋。立大のエースとしてドラフト戦線をにぎわせていた多田野は、故障などが原因で全球団が指名回避した。結局、大学卒業後にインディアンスとマイナー契約して渡米したが、日本ハムはその後も右腕の動向に注目してきた。
本格的に動いたのは、多田野がアスレチックス傘下3Aサクラメントを解雇された10月中旬から。球団は水面下で調査を続け、ドラフト1週間前の今月12日までに、コミッショナー事務局に身分照会を済ませた。近鉄監督時代から強い興味を示し、解説者としても多田野の投球を見てきた梨田監督は「スタミナもハングリー精神もある。本当にタダノ投手じゃない」とダジャレを交えながら、その能力を称賛した。
「アメリカで5年やってきた。ルーキーではなく、経験を生かして、すぐに結果を出したい」多田野はメジャーリーガーのプライドをのぞかせた。今後は代理人を務めるアラン・ニーロ氏の来日を待ち、26日以降に条件交渉を行う予定だが、球団側はエースナンバー「18」の提示も検討している。松坂世代の“最後の砦(とりで)”がついに、日本のマウンドに立つ。
◆高校の後輩に闘志 多田野は八千代松陰の5歳下の後輩で日本ハムなど6球団競合の末、ソフトバンクに1巡目指名された大場について「ライバルとなって、やっていければいいなと思う」と闘志を燃やした。9月下旬に帰国後、大場の試合を何度か観戦。「昔よりもいい投手になった」と成長を感じた。
◇多田野の2002年ドラフト 横浜が自由獲得枠で獲得する方針を固めていたが、右肩、右ひじ痛などを理由に直前に回避。同時期、男性ポルノビデオの出演歴も明らかになった。再調査に乗り出したダイエー(現ソフトバンク)も結局、断念。ドラフトで指名の声はかからず、メジャー挑戦のため米国に渡った。
◇過去のメジャー経験者のドラフト指名 02年にメジャー通算16勝を挙げた前ロイヤルズの鈴木誠(マック鈴木)がオリックスの2巡目、04年には元ブルージェイズのマイケル中村が日本ハムから4巡目で指名され、入団した。
参照元:スポーツ報知