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巨人のドラフト1位・大田泰示内野手(18)=東海大相模=が、華やかにプロの“第一歩”を踏み出した。23日、東京Dで「ジャイアンツ・ファンフェスタ2008」が開催され、球団史上初となるファンの前での新人10選手の入団発表が行われた。ヤンキース・松井秀喜外野手(34)が02年までつけていた背番号「55」のユニホーム姿を初披露した大田は“ゴジラ超え”を宣言。04年以来、4年ぶりに再会した尊敬する原監督を「たくさん胴上げしたい」と力強く語った。

 大きな拍手、無数のフラッシュを浴びながら、大田は勢いよくベンチを飛び出した。初めて袖を通したYGマークのユニホーム。背中には「55」が輝いていた。グラウンド中央、原監督の待つ壇上に上がり、指揮官と力強く握手。新入団10選手の中央で胸を張り、「以前つけていた選手が松井選手ということですけど、本当に重い番号。その重い55番をプライドにして、プロ野球生活をやっていきたい。ファンの方々に夢を与えられる選手になりたい。55番は大田だと言われる選手になっていきたいです」と尊敬する“ゴジラ超え”を約束した。

 偉大な先輩の背番号を継承した。02年までの10年間で首位打者1回、本塁打王3回、打点王も3度獲得した松井秀喜のつけていた背番号。壇上でゆっくりと一回転してファンに披露した。「プレッシャーがあれば自分の気持ちにプラスになるんで、期待通りのプレーが出来るよう頑張りたい」04年12月の野球教室以来の再会となる“あこがれの人”の前で、プロとしての決意を語った。

 「ジャイアンツ・ファンフェスタ2008」には、うわさの怪物をひと目見ようと3万9556人が集まった。例年の入団発表は、ホテルでマスコミを集めて行われ、発表後に場所を移してファンに公開していた。球団史上初となった東京Dでの入団発表は、巨人の将来を背負う18歳への期待の大きさが表れていた。

プロとして、初めてグラウンドに足を踏み入れる直前、原監督から「これからプロになるんだから、それなりの覚悟が必要だぞ」と声をかけられた。その際に握手した右手は、4年前に出会った時と同じく「ごつかった」と振り返った。「夢を与えるのが僕の目標なので頑張ります」あこがれのチームに入れたことで、舞い上がっていた気持ちを引き締め直した。

 原監督は「大声援を受ける選手になってほしい。とにかく(新人は)頑張るしかない。期待して下さい」とファンに語りかけた。それに応え、大田も「原監督を多く胴上げできるように頑張りたい」近い将来、巨人の4番打者として恩返しすることを誓った。高校通算65本塁打の長打力にさらに磨きをかけ、松井以上の派手なアーチを描く。巨人の「55」は大田。その時代は必ずやって来る。

 ◆大田と原監督の初対面 ○…運命の出会いは04年12月、広島・福山市民球場。大田は野球教室「Gスピリット」に参加した。評論家だった原監督は講師役を務めていた。生徒役を志願し、バットをフルスイングした大田少年は「いいスイングをしているぞ!」とほめられて感激。「女の子にひと目ぼれするような感じでした」と原監督にあこがれて東海大相模に進学した。

参照元:スポーツ報知
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